2022/09/15
金属をはじめとするマテリアルの資源循環を担う専門商社、豊通マテリアル株式会社(以下マテリアル)。豊田通商株式会社の非鉄金属部門から1999年に分社化したのち、直近では過去5年で売上高1.9倍、取り扱う金属の量はなんと6年で8.6倍と、豊通グループの中でも屈指の成長を遂げています。
同社では2019年から、2025年に向けた5ヵ年経営ビジョンの策定を開始。ベテランから若手まで様々な社員を巻き込み、コロナ禍での中断もありながら約2年の歳月をかけてプロジェクトを進めました。
今回は、そんな同社の新経営ビジョン策定の過程、その後の浸透に向けた取り組みなどにシリーズで迫ります。第1回は、経営ビジョンの策定を決めた背景、社員とともに進めた策定プロジェクトの取り組みについて、運営事務局を担った戦略企画室の山田貴幸さん、人事部の松本要平さん、戦略企画室の大賀洋平さんにお話を伺いました。
編集部(以下編):今回、新経営ビジョン策定を検討した背景を教えていただけますか。
大賀:もともと2020年までの期限付きで掲げた経営ビジョンがあり、次の経営ビジョンを検討する必要があったことに加え、親会社からの大規模な業務移管が落ち着いたことから検討を始めました。移管された事業をきちんと回し切る、足元を固める時期がひと段落したんですね。組織が急拡大してグループ内で担う領域や役割の規模が大きくなってきたので、単純に渡されたものを守り維持するのではなく、「マテリアルとして何を目指していくのか」を言語化していきたいという思いがありました。
松本:設立時からある「自律と自立」といった言葉がなじみ深い社員も多かったようですが、いつの間にかそこにあったという感覚の人が大半だったので、改めて自分たちが大事にしたいことを考える意義を感じました。中途入社が85%を占め、様々な価値観を持った社員が集まっているので、会社としても方針が伝えやすくなるのではという期待もありました。
編:「社員自身が考える」が、経営ビジョン策定のテーマにあったのですね。
大賀:前の経営ビジョンを作った際は、経営陣とコーポレート部門主体で策定を進めたんですよね。でもこれから先のことを考えたときに、プロパー出身の部長が徐々に生まれ、役員もこれから増えていくだろうというタイミングだったので、せっかく作るなら10年後のマテリアルを担う社員を中心に作った方がいいんじゃないかと。グループ企業の子会社なので、もともと親会社の方針に則って動く、上からの指示方針を待って動く雰囲気も当然のようにあったのですが、そういう意味でも、社員が主になって取り組むことによってマテリアルに誇りやプライドを持てる機会になればと思っていました。
山田:会社について、こんなにしっかり向き合ったのは初めてなんじゃないですかね。部署単位で戦略を共有する会議は昔からやっていましたが、全社一斉のプロジェクトとして、これだけ社員が幅広く参加した施策はこれまでありませんでした。
編:策定プロジェクトの概要を教えてください。
大賀:プロジェクトは3チームに分かれていて、松本や私など人事が事務局を担当しました。1つ目は将来的な視点をふまえて、顧客への約束:コーポレートプロミスを練っていくチーム。考慮するタイムスパンが長いので、当時の部長層など上級管理職を中心に10名で構成されました。2つ目は、2025年までというタイムラインを引き「2025年にどういう存在でありたいか」という新経営ビジョンを考えるチーム。最も多様なメンバーが集まり、課長クラスから現場リーダーなど中堅層の社員、一般職の社員など計20名になりました。3つ目は、それらの活動を社内に広報・発信していくインターナルブランディングチーム。ここは各本部の若手中堅メンバーが集まり12名で活動しました。メンバーは公募したのですが、5つの本部のバランスと社歴なども考慮して、事務局から声をかけたメンバーもいましたね。
山田:私は当時、製品部門の部長をしていてコーポレートプロミスチームに入りました。ぶっちゃけ面倒くさいと思いつつも、でも「やらないかんな」という、今ここで取り組む必要性も感じていましたね。だからこそ、しっかり考えてくれそうなメンバーには私からも声をかけました。
大賀:製品部門からも多くのメンバーがプロジェクトに入ってくれていましたが、そういったきっかけで手を挙げてくれたんですね(笑)。
編:最初は受け身でスタートした部分もあったのかと思いますが、取り組みを通じて変化を感じたことはありましたか。
山田:そうですね。最初は訳もわからず集められた感覚でしたが、キックオフで集まって、少しずつ自分の意見を出しながら言葉を作り上げていく中で、徐々にのめり込んでいったのかなと。自分たちの考えが言語化され、会社の方針や経営ビジョンというかたちになっていく過程を見て、面白くなっていくというか。そういうところから気持ちが変わっていった気がしますね。
松本:これまで親会社の主管部署をトップとした本部ごとの縦の繋がりが強かったので、今回は部署横断で中堅若手層が多く集まり、お互いの部署の話を聞くこと自体が刺激になっているようでした。「そっちの部署ではそういう考え方なんだ」「そんなことやってるんだ」と知ることで、マインドチェンジに繋がる人もいたと思います。
大賀:部署が違えば向いている方向や文化も違う状態だったので、お互いの仕事もほぼ知らなくて。経営ビジョンチームでは、最初の数回のセッションはお互いの話を聞く時間が多かったのですが、そこで自分たちの現場目線をいかに会社としての戦略に落とすか考えたことが成功の鍵だったと思うんですよね。セッションの中で自社のポジショニング分析をする際も、何を機会と捉え、何を脅威と捉えるかは部署によって違っていて、アンテナに引っかかるキーワードも違うので、視野を広げる意味でもお互いの考えを共有してよかったです。
ただ、各部署の視点を持ち寄ることはあっても、それを包括してさらに俯瞰的に見るのはかなり難しそうでした。途中、ステークホルダーの方々へインタビューしたのですが、そこで社外からの期待値というか、自分たちが価値だと思っていたことをお客さんはそこまで意識していなかったとか、「もっとこういう提案がほしい」「こういう力をつけてもらいたい」といった声をいただきました。それをきっかけに、プライドのある部分は継続させながらもさらなる挑戦が必要だという意識が生まれました。
編:外部視点が、自分たちを俯瞰して見るきっかけになったのですね。経営ビジョン策定の過程では、議論した内容を各事業部で深めるフェーズもあったそうですが。
大賀:そうです。経営ビジョン策定のプロセスは3段階あり、まずは本部横断で枠組みをつくる第1プロセス。そして本部単位に分かれて内容をより具体化する第2プロセス。各本部で深めたものを持ち寄って、もう一度全体でブラッシュアップする第3プロセス。ただ、この第2プロセスは事務局も当初は想定していなかったんです。全社でテーマ設定してそこに向けて進める予定でしたが、ちょうど経営層や社長が変わるタイミングで、経営から「スローガン的にやりたいことをまとめるだけでなく、それをどう具体化していくかまで言葉にしてほしい」という依頼があり、第2プロセスを追加した背景がありました。
未来から逆算的に考えるのは必要なプロセスだったんですが、一方で今ある現実といかに整合性を取るか、今自分たちが向いている方向とどうつなげるか、第1プロセスのときにはあまり考えていなかった「日々の仕事として考えるとどうなのか」という議論を何度も繰り返しました。部署間で検討の粒度に差が出たり、経営視点のある視座の高い人がメンバーの意見を見ると見通しが甘く感じることもありましたが、その分、各本部のチームメンバーと経営との議論は多かったですね。経営との会話自体はこれまでもありましたが、自分たちから意見を上げてあそこまでしっかり議論したことはなかったかもしれません。
とにかく細かくラリーをして、メンバーが考えたキーワードを見せて「こういう視点が足りない」「ここはそこまで深く掘らなくて大丈夫」と経営からフィードバックをもらって修正していく。1ヶ月半ぐらいの間にめちゃくちゃラリーしましたね。そこで突き詰めた分だけ、方針が明確になっていったと思います。
松本:今回は様々な階層・職種の社員が集まって議論を進めたので、個人の捉え方の違いが出たり、社員としての働きやすさを追求するあまり経営としてはどうなんだという問題もあったりしました。こっちを立てればこっちが立たずという状況もありましたが、そういったことにも、ほかの社員を巻き込んできちんと対話して決めていこうという姿勢が出てきましたね。
大賀:意見を出していると、個人的な不平不満なのか、それとも意見提案なのか、切り分けが難しいことも多くて。言いたいことはわかるものの不満が多かった状態から、前向きに「こうやったらできるんじゃないか」と考えることが増えた印象はありますね。今、DX関連の全社プロジェクトなどで中核になっている方々は、もともとこのプロジェクトにいた方だったりしますし。
また、事務局としては最初に経営とプロジェクトのアウトプットイメージを握ることの大切さを痛感しました。どのくらいの粒度のものを求めているのか、どのくらいの情報が必要なのか。事務局が意思を持つこともとても重要です。プロジェクトメンバーの意見、コンサルタントの意見、経営の意見、様々ありますが、それをどこかで束ねないと集約されません。誰かが意思を持って動かしていく大切さは、一連の事務局業務を通じて実感しました。社員に向けて、ただ「あなた達がやるんですよ」と言うだけでは、何も動き始めないんですよね。
編:第2フェーズでの試行錯誤を経て、方針が見えてきたのですね。最終的には各部で考えたことを持ち寄って全社で言葉づくりを進めたと思いますが、どのような点を意識しましたか。
大賀:言葉選びで印象的なところでいくと、「今をリードするイノベーター」は、はじめはもう少しメーカー寄りの表現やプランナー的な表現が出ていて。でも、自分たちが物を作るわけではないし、企画して終わりという存在でもないので「リードするイノベーター」が一番しっくりくるんじゃないかと。そのあたりは喧々諤々、繰り返し話しました。
松本:資源循環という言葉も部署によって捉え方が違って。最終的には「会社全体だったらこういう言葉がいいよね」と、循環型社会という言葉に昇華されていったのかなと思います。一つ一つちゃんと言語化されていく中で「なんかこの言葉いいじゃん」「かっこいいね」みたいな会話が増えていきました。
編:なぜこの言葉なのかを掘り下げると、言葉に込めた意味も語りやすくなりますね。最終的に、コーポレートプロミスと経営ビジョンの位置づけはどのように考えましたか。
大賀:本来の流れでいけば先にコーポレートプロミスを作って、それに紐づいて経営ビジョンを作るべきだと思うのですが、期限が決まっていた事情もあってほぼ同時にプロジェクトを進めることになり難しかったですね。途中で経営ビジョンチームから、「コーポレートプロミスは今どうなっているのか」「プロミスを決めてもらえないとビジョンが決められない」みたいな声が多く出ていました。
幸いコーポレートプロミスが早めに出来上がったので、「マテリアルをつなぎ めぐる社会をつくる」というコーポレートプロミスに合わせて、自分たちがこれまで考えてきたことをなるべく無駄なく混ぜ込んでいくにはどうしたらいいんだろうと考えました。コーポレートプロミスチームとしては、あえて途中まで言わなかったんですよね。引きずられないように。振り返ってみれば、コーポレートプロミスの言葉を頭に入れずに自分たちで言語化しようとしたプロセスが大事だったと思いますし、考えていた内容もそこまでずれていなくて、安心感につながりました。
山田:上位概念がないままでやりづらいだろうなとは思いましたが、課長層や若手が自分たちで試行錯誤しながら考えているのを見ていて、私自身は非常に頼もしく感じていましたけどね。
編:最終的に出来上がった言葉を見て、いかがでしたか。
山田:「マテリアルをつなぎ めぐる社会をつくる」っていう言葉は、僕自身も気に入っていて。今まで議論してきたことがこの言葉に集約されていると感じました。基本的に難しい言葉は使わずにわかりやすい表現にしたので、プロジェクトメンバー以外の社員にも、比較的するっと入っていったんじゃないかな。本当の意味で浸透させるには時間がかかると思いますが、言葉自体はすんなりと受け入れられたんじゃないかなと思います。
大賀:お互いの事業の詳細などわからない部分はまだたくさんありつつも、全社で同じ方向を向いて動き出そうとしているんだと実感しましたね。サーキュラーエコノミー、カーボンニュートラル、SDGsといった社会的な動きにもマッチした内容で社員にも腹落ち感がありますし、今現在そういった営業スタイルに変わりつつあるのは事実なので。
松本:かなり特徴的なキーワードになったと思いますが、社員の反応はかなり前向きでしたね。今まであまり共通認識、共通言語が少なかったので、「誇りを育む」などのキャッチーな言葉ができたことで、何かあったときに「ワクワクしてできるか」とか「誇りを持ってやれているか」といった会話を耳にする機会が増えました。
あと個人的に印象に残っているのが、社員に向けて新経営ビジョンを発表する場面。プロジェクトの全メンバーがZoomに顔出しする場面があったんですが、画面にバーッとそれぞれの顔が並んでいて、それを見たとき、これだけ多くの人が関わってやり遂げたんだと改めて実感しました。これだけ多くのメンバーが関わってくれたからこそ、かたちになったのだと思います。
編:ありがとうございました。次回は、策定されたコーポレートプロミス、経営ビジョンをいかに社内に根付かせるか、浸透フェーズでの取り組みについてお話を伺います。
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