前回のコラムでは、WILLを育て大きくしていくために、アワードなどで先行事例や兆しを共有し称賛していくことが大事とお伝えしました。
これは、ただ表彰をすればよいということではありません。ビジネス環境や働き方が複雑化・多様化する中、同一基準で最大成果を上げた人を称賛する従来型の業績表彰だけでは、ロールモデルの表出が難しくなっています。むしろ不公平感につながり、かえってモチベーションを下げているという話を聞くこともあります。
一方で、最近ビジョンやバリューなどに基づくアワードを設計・実施したいというご相談をいただくケースが増えてきました。ではどのように表出し称賛していけば、ビジョンやバリューを体現する行動を促進していけるのでしょうか。
たとえば、「部門を越えて強みをかけ合わせ、新価値を創造する」という“ありたい姿”があるとします。ある日、お客様から、自部門だけでは解決が難しい相談をいただきました。別部門と協働すれば、ハードルはたくさんあるものの、うまくいけば新たな解決法を生み出せるかもしれません。ただし解決できたとしても、営業数字への貢献度は大きくありません。果たして、望ましい行動は起きたでしょうか。これがみなさんの会社だったとしたら?
答えは、その人のこれまでの経験や組織の文化によります。これまで業績成果でしか評価されてこなかったら、業績的により大きい案件を優先してこの相談は断る可能性が高い。以前、別部門に相談しようとして上長に止められた経験があったら、最初から無理と諦めるかもしれません。逆に過去に小さくても協働してうまくいった実績があれば、きっと今回もまずはやってみようとするでしょう。こうした過去の経験・記憶に基づいて、その人の思考パターンや判断基準は形成されていきます。そしてそれが、いつのまにか行動への見えないブレーキやアクセルになっているのです。
これは決して上長が悪いということではなく、組織内では当たり前になっていて、その上長自身も同様の評価やマネジメントを受けてきたわけです。このような組織メンバーで共有され、正しいものとして教えられる信念や価値観が、「企業文化」です。企業文化を研究するエドガー・シャインは、文化を以下の3つのレベルにわけて定義しています。
[文化の3つのレベル]
文物(人工物):目に見える組織構造および手順
標榜されている価値観:戦略、目標、哲学
背後に潜む基本的仮定:無意識に当たり前とされている信念、認識、思考および感情(出所)エドガー・シャイン『組織文化とリーダーシップ』(白桃書房)
前述のたとえ話は、ありたい姿として「標榜している価値観」と、「無意識に当たり前とされている信念、認識、思考および感情」との間にずれがあることになります。次の図1は、こうした組織行動のメカニズムを氷山に見立てたものです。シャインの定義に「背後に潜む」とありますが、この図では「水面下に潜む」見えない部分が企業文化になります。
普段、見えているのは、氷山の水面より上の部分です。事業ごとの業務プロセスや会社の制度に則って、従業員の一人ひとりが行動・協働し、成果が出る。でも実際には、想定通りにはプロセスが機能しない、行動が徹底されないということが起こります。
それはこの水面下にあって実態が見えない、暗黙の仕事の作法や個々人の思考習慣が影響しているからです。さらにそうした習慣や判断基準は、「先輩にそう教わった」あるいは「上司に怒られた」「周りのみんながそうしている」といった経験や記憶、いわば受け継がれる組織の価値観や風土によるもので、つまりは企業文化がそうさせているわけです。
システムにたとえるなら、業務プロセスや各種制度はアプリやハードウェアで、企業文化は組織のオーペレーティングシステムみたいなものです。最新のアプリを入れても、OSが古いと反応はおそくなるため、OSもあわせてアップデートする必要があります。企業文化にあわない制度やツールがうまくいかないのは、アンドロイドアプリをiOSにインストールするようなものだからなのです。
企業理念やビジョンを新しくした際には、OSである企業文化のアップグレードも必要になります。企業文化の中でも、ビジョン実現に向けて今後さらに強めたい思考習慣や行動基準もあれば、一方で、今後はなくしていきたいものもあるはずです。
また、大きな社会変化に対応するために、現在の延長戦上ではなく、未来のありたい姿からビジョンを策定した場合には、今はまだない新たな思考や行動のパターンをつくっていく必要があるかもしれません。まずはそれらを明確にしていくわけです。
ただ企業文化は無意識に当たり前とされているものですし、慣性の法則も働きますから、すぐに大きく変わるようなものではありません。だからといって、何も手を打たなければ、ビジョンやバリューは言葉だけの絵に描いた餅になってしまいます。
前述したように、思考習慣や行動基準は、過去の経験によって形成されていきます。逆に言えば、増やしたい行動やスタンスを紐解き、日常マネジメントの中で、またアワードなど特別な場で、称賛していくことで、水面下にアプローチしていくことができるわけです。
そうした従業員の経験(Employee Experience)を、インターナルコミュニケーションの施策やメッセージを通じて、いかにつくっていくか。深いテーマですが、次回以降で考えていきたいと思います。
この記事の著者
三宅 柚理香
株式会社ゼロイン シニアコンサルタント
1997年からリクルートグループにおいて人材領域を中心に採用広報の企画・制作に携わる。2010年、株式会社ゼロインに入社。インターナルコミュニケーションのコンサルティング、コーポレートブランドの策定・浸透サポートなど多数プロジェクトに従事。現在はシニアコンサルタント 兼 コミュニケーションデザイン総研責任者。