前回、エンゲージメントを高めるためには、「押し進める力」、いわば企業の価値観や戦略を自分ごと化して実践する力が大事だとお伝えしました。
では、そもそも自分ごと化しているとはどんな状態なのでしょうか。私はこんなシンプルな図になると思っています。
組織のビジョンや方針と、一人ひとりのビジョン(こうありたい、こうなりたい)との間に、なんらか接点が見出されることで、自ら「やりたい」「実現したい」というWILLが生まれている。それが自分ごと化している状態だと考えています。この接点を「自分の力を発揮する」意欲(WILL)とすると、従業員エンゲージメントの定義=「従業員の一人ひとりが企業の掲げる戦略・目標を適切に理解し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲」を表しているとも言えます。
組織と個人の接点を見出すためには、まず組織の掲げるビジョン、ミッション、バリュー、あるいはそれに基づく戦略や目標を明確にして伝えていく必要があります。
新時代に必要な思考様式や行動様式を提言する書『ニュータイプの時代』で著者の山口周さんは、現代を「モノが過剰で、意味が希少な時代」と呼んでいます。そして、解決すべき問題も希少化する中で、問題の発見と設定がより重要になっていると言います。組織のビジョンや目標を明確にする際にも、事業がどんな問題に向き合うのか、従業員一人ひとりの仕事に意味を与えられるか、が大事だということです。
また、これらを伝えていく際には、「どうやってやるのか」という(HOW)の前に、まず「何に向き合うのか」「目指すべき姿」といったWHAT(目的)と、「なぜそれが大事なのか」というWHY(理由・意義)が必要です。このWHATとWHYを聞いて、自分もそれに参加したい、能力を発揮して貢献したい、と思うことができるか。従業員の一人ひとりが共感できる大きなストーリーを描き語ることが、発信側に求められるようになっているのです。
一方で、従業員一人ひとりが自身のビジョンやWILLについて考える機会をつくることも大切です。個人のWILLがハナから明確で、組織ビジョンにも共感してくれればよいのですが、現実はそんなに簡単ではありません。
ここで、自分ごとと、責任感や当事者意識との差を考えてみたいと思います。責任感は、「ある役割を担う人が、負わなければならない任務や義務を果たそうとする意識」であり、いうならば“MUST”の意識です。当事者意識とは「ある事柄について自分が直接関係するという意識」であり、それを深く実感している状態です。自分ゴトと同義に使われることも多いですが、個人的な印象では、ベースはある事柄にあって、当事者としてこうあるべきという“SHOULD”な意識であるように思います。
それに対して自分ごととは、ある事柄が、自分の人生にとって意味があり大事なことであると捉えることではないでしょうか。ベースは自分の人生やビジョンにあって、その接点を組織のビジョンや目標の中に見出していくこと。こうして生まれた “WILL”は、簡単に消えることのないものだと思うのです。
ここであらためて前回の自分ごと化に必要な要素を思い返していただきたいのですが、「押し進める力」を高める要素として、「マネジメントの任せ認める力」と「称え合う力」が相関していました。まずはMUSTでもよいので、マネジメント層が、メンバー一人ひとりとの共感の接点をつくり任せていくことが最初の一歩です。
実行したことが認められることで、MUSTはSHUOLDになっていきます。アワードなどで先行事例や兆しを共有し称賛していくことで、MIHGT(やった方がいい)やCOULD(できるかも)が生まれるかもしれません。その中で芽生えた一人ひとりのWILLを育て大きくしていく。そんなマネジメントや称賛し合う企業文化をまずつくっていくことも、自分ごと化を推進する大事な働きかけと言えるかもしれません。
前述の調査では若手世代で異なる結果が出ていました。個人の意思を大事にし、多様性を前提にチームへの貢献を感じられることが重要な世代であり、もはや時代として、こうした価値観にシフトしつつあるともお伝えしました。いまはVUCAの時代と言われています。
これはVolatility(変動)、Uncertainty(不確実)、 Complexity(複雑)、 Ambiguity(曖昧)の頭文字をつなげたものですが、複雑かつ曖昧で、不確実・不安定で、変化し続ける環境にあるわけです。前述した山口さんも、VUCAの時代においては、中長期計画を綿密に立てて実直に実行するよりも、未来をどうしたいかを構想して、それを実現するために試し、修正し、巻き込んで進めていく方が重要だと言っています。
最近はビジョン策定を、従業員を巻き込んで実施したいというお客様のお手伝いをすることが増えてきました。従業員自らがWILLを出しながら描いた未来なら、組織と個人の二つのビジョンの輪は最初から重なります。だからこそ、想いのWILLは、助動詞のwillとなって、積極的なアクションを生み出していくのではないでしょうか。
この記事の著者
三宅 柚理香
株式会社ゼロイン シニアコンサルタント
1997年からリクルートグループにおいて人材領域を中心に採用広報の企画・制作に携わる。2010年、株式会社ゼロインに入社。インターナルコミュニケーションのコンサルティング、コーポレートブランドの策定・浸透サポートなど多数プロジェクトに従事。現在はシニアコンサルタント 兼 コミュニケーションデザイン総研責任者。