本来、ビジョンなどの理念体系は、企業活動のすべてのベースとなるもの。自分たちは何者で、どこへ向かうのか。これらが明確でなければ、目指すべき企業文化やコミュニケーションの姿も定まりません。ところでこの理念体系、たとえば「企業の存在意義」は“経営理念”、 “ミッション”、“パーパス”など、会社によって様々な呼ばれ方をしています。理念策定のワークショップで、つくるコトバの認識が揃っておらず、議論が噛み合わないということも起こりがちです。そこで今回はまず、理念体系のコトバを整理してみたいと思います。とはいえ、絶対的な定義があるわけではなく、時代とともに変化もします。理念体系のそれぞれの役割や意義を理解していただければ、それをどう呼ぶかはその会社の自由です。
ビジョンやパーパスなど言葉は違えども、理念体系が魅力的な企業には、従業員や顧客を引きつける、強い“引力”があります。この引力の違いの要因はどこにあるのでしょうか?
理念体系の中核には、その組織の根幹をなす信念のようなものがあります(図1-①)。企業理念と呼ばれたりもしますが、企業が存在する中核概念としてここでは「アイデンティティ」(*1)と呼びたいと思います。
一方で、その組織が実現したい世界「ビジョン」(*2)があります(図1-②)。この2つは円の中心点と外周のような関係です。アイデンティティの実行あるいはビジョン実現のために会社として果たすべき使命、あるいはステークホルダーに対する「これをやる」という宣言を、私たちは「ミッション」と呼んでいます(図1-③)。
中心と場ができるとそこには重力が発生し、共感する人たちが集まって、ともに仕事をするようになります。その中で大切にする共通の価値観=「バリュー」(*3)ができてきます(図1-④)。ただし、新たにビジョンやミッションを策定する際には、その実現のために必要な、現状はあまりない価値観も、未来を見据えて設定します。これをより個人の行動の拠り所、判断基準に近いカタチでまとめる場合は、「行動指針」と呼ばれたりもします。
従業員がバリューに則ってミッションを遂行し、顧客や社会に対し価値を提供します。この提供価値の輪が広がり、蓄積されていくことで、少しずつビジョンの輪に近づいていきます。こうした営みにより、顧客や社会からのブランドイメージが形成されていくのです。
(*1)企業としてあるいは経営として大事にする信念として、「企業理念」「経営理念」と呼ばれることも。また、“○○実現のために存在する”というようにビジョンと一体になっているケースや、根幹の信念=存在意義で「ミッション」と呼ばれるケースもあります。
(*2)組織が目指す姿をビジョンと置くことも多いですが、3〜5年程度の中長期的に目指す姿や実現したい状態は、経営戦略上の「経営ビジョン」として、理念体系とは別に位置付けて考えます。
(*3)「バリュー」は、提供価値の訳語にもなるため、これと区別するために価値観を「コアバリュー」と呼ぶ場合もあります。また、バリューも価値観的なものは「カルチャー」、行動指針的なものは「クレド」と呼んだりもしますが、明確な定義や区分はありません。理念体系すべてを「クレドカード」に記載することもよくあります。
このビジョンがどこに向いているかは、理念体系のもつ引力の強さに影響するように思います。たとえば100億円企業を目指すといった自社のありたい姿と、世界から貧困をなくすと言うような社会課題に向き合うビジョンでは、世の中の共感と応援がより多く得られそうなのは後者ではないでしょうか。
最近は、「パーパス」という言葉をよく耳にするようになりました。パーパスの特徴の一つは、向き合うのが“社会”という点。もう一つは、どうありたいか(Be)という状態ではなく、どう働きかけるか(Do)、“行動”で表現される点です。いわば、なぜ自社が社会に存在するのかというアイデンティティと、社会課題の解決や社会変革というビジョン、そのための行動を宣言するミッションが一体となっているイメージです。より大きく、中心から外周までの各レイヤーが一貫性をもってつながったパーパスには、たくさんの人たちを引き寄せる強い力があるのではないでしょうか。
パーパスが注目される背景には、社会の倫理規範の変化があります。たとえば国際社会共通で2030年までに達成すべき目標として掲げられているSDGs(持続可能な開発目標)。最近は日本でもSDGsを事業活動に取り入れる企業が増えつつあります。一昔前だとCSR(企業の社会的責任)として本業以外での社会貢献活動というイメージがありましたが、もっとダイレクトに事業活動と直結して社会課題に向き合うことが、いまや企業の役割として求められるようになっているのです。世界的な潮流として、投資においても従来の収益性以上にESG(環境・社会・企業統治)の観点が重視されるようになってきています。また消費者のうち約2割が環境や社会に良い製品を選んで購入しており、約3割が今は買っていなくても今後は選びたいと考えているという調査もあり、半数の人がサステナビリティに関心を持っていることが伺えます。今後はさらに企業としてソーシャルグッドであることが、選ばれ続けるための前提条件になっていくと思います。
従業員との関係性も大きく変化しました。いまや企業と働く個人は対等、もっと言えば、企業が個人から選ばれる時代です。特に優秀な人材ともなれば尚更で、企業の理念体系と事業活動に、個人が大事にする価値観やビジョンとの接点が見出せなければ、選ばれません。一方で企業側は、自社の理念体系に共感する人材を仲間に加えていくことで、組織を強くすることができます。理念体系で謳われている言葉が明確でその企業のらしさや独自性があることは重要ですが、一方で多様な個人との接点や未来の可能性を描く余地があることも、その引力を強める上で大事なポイントです。
人で考えてみれば、信念をもち、より大義ある目標に向き合っている人の方に、私たちは惹きつけられ、一緒に仕事をしたい、何らかの形で応援したいと感じます。でもその人が口だけで行動しなければ、そのうち愛想が尽きて離れていきます。企業も法人、同じです。理念体系が言葉だけで終わらず、企業活動として実践されていくことが大事なのです。
ビジョンやパーパスを事業活動として実践し製品やサービスとして具現化することで、顧客の行動をも変容させることができるようになります。よく言われるようにGAFAは、私たちの行動や生活スタイルを大きく変えました。最初は一個人の夢物語のような理念でも、強い信念と行動が生み出す引力に次第に人が集まり、少しずつ形となり世に生み出されていく。それがさらに引力を強め、やがて大きなうねりを生み出すのです。
市場環境やテクノロジーの変化の中で、ブランディングは「共創の時代」に進化したと言われています。理念体系とブランド体系、ブランディングとの微妙な違いについては別の回でお話ししますが、ブランディングは企業主導ではなく、様々なステークホルダーとのコミュニケーションと共創によって成立する時代だということです。
複雑で変化し続ける世界においては、BtoCかBtoBかに関わらず、一社完結でできることなどそう多くはありません。サプライヤーや小売業などバリューチェーン全体、あるいは競合も含めた業界全体で考え、取り組み、変化を生み出していく必要があるのです。
ビジョンの接点を見出せる個人や他社と、いかに循環型のエコシステムを形成していくか。そして、お互いに引力で惹かれ合う、多様で豊かな共創のスペースをつくっていくために。まずは自社の理念体系に強い引力があるか、一度見直してみてはいかがでしょうか。
この記事の著者
三宅 柚理香
株式会社ゼロイン シニアコンサルタント
1997年からリクルートグループにおいて人材領域を中心に採用広報の企画・制作に携わる。2010年、株式会社ゼロインに入社。インターナルコミュニケーションのコンサルティング、コーポレートブランドの策定・浸透サポートなど多数プロジェクトに従事。現在はシニアコンサルタント 兼 コミュニケーションデザイン総研責任者。