※「インナーブランディング年間戦略の立て方」連載記事はこちら
インナーブランディング年間戦略の立て方~前編~マトリクスとピラミッド
インナーブランディング年間戦略の立て方~後編~自分ゴト化するためのステップ
企業がインナーブランディング活動によってビジョン・ミッション・バリューを策定・共有する時や、経営陣から社員に何かしらのメッセージを発信する際、全ての社員がその情報の受け手となります。発信側は当然、情報を受け取った全ての社員が意図したことを正確に理解し、行動に移してくれることを願っています。
弊社へのご相談でも、社内に向けたメッセージづくり、もしくは発信の仕方に関するお悩みは常に寄せられています。こうしたお悩みに対して、私たちは次のような質問を経営陣に必ず投げかけています。「今回のメッセージを一番伝えたい社員は誰でしょうか?」「社長のメッセージを受けて最も動いてほしい社員は、入社何年目で、どの部署で、どんな仕事をしている人でしょうか?」と。
当初は「全員に伝えたい」と曖昧に想定していたメッセージのターゲット像が、この質問をすることで、少しの沈黙の後に「入社して8年目の現場リーダー」「入社12年目ぐらいのグループリーダー」「営業と開発のコアメンバー」など、次々に具体的な社員像に変わっていきます。なぜそうしたメンバーに伝えたいのか、理由も添えて表情豊かに語っていただけることがほとんどです。
社内外で情報があふれるこの時代に、世代・職種を超えて全社員に理解されるメッセージを作成するのは至難の業です。そこで私たちは、社長が挙げた「一番動いてほしい人」を手掛かりに、どのような心情なのか、何に困っているのか、何をほしがっているのか、何によって動機づけされるのか、経営陣から何を聞きたいのかを深掘りしながら、本当に届けたい社員に届くインナーブランディングのメッセージを設計していきます。
この時に注意したいことがあります。それは「営業力が弱っている」というターゲット社員からの声に出会ったときに、「営業担当向けの営業力強化研修コンテンツをつくりましょう」といった、直接的な解決を促すメッセージや施策を企画してしまうことです。これは俗に‟コインの裏返し”と呼ばれており、ほとんどの場合、本質的な課題解決にはつながりません。
「弱っている」のは、押しなべてそうなのか、エリアによるのか、特定の部署に偏っているのか、若手なのかベテランなのか。ターゲットを細かく見て分析していかなければ、本当の課題は見つかりません。
仮に「営業力=お客様に選ばれる力」と想定し、お客様に選ばれるために必要な要素を分解してみます。すると、営業担当の商談スキル、商品そのものの魅力、パンフレットなどのツール類の訴求力、商品プロモーションの質、企業へのイメージなど、いろいろな要素が組み合わさっていることが分かります。突き詰めれば、さらに分解できるでしょう。
このように、「営業力が弱っている」という現象の要因、一つひとつに目を向けてみる必要があります。そうすることで、その中から個人の行動で解決できること、社内コミュニケーションで解決できること、人事・教育で解決できること、仕組みで解決できることなど、実行を促すメッセージ・企画を作成する下地ができるのです。
ようやく「誰に」「何を」伝えるかに辿りついたとしても、安心はできません。その「誰に」が曲者です。それは年次や入社時の会社規模によって就業観やライフスタイル、消費行動が全く異なるからです。
筆者は1984年に社会人になりましたが、当時は何を考えているか分からない世代「新人類」だと先輩から呼ばれていました。その次の世代は「バブル」世代です。世の中のものが全部値上がりし、給料もずっと上がっていくと全員が思い込んでいました。一方で最近新卒入社した社員は「ゆとり」「さとり」と呼ばれている世代がいます。賢いけれどもあまり無理をしない、働くことと自分の生活を客観的に見ている世代です。「がんばれ!」という言葉が響きません。
企業の成長曲線を考えてみても、創業期、成長期、停滞期、再成長期、それぞれ会社の評価軸は違います。また、頑張れば頑張るだけ業績に直結し、おのずとポストもあがった成長期を経験した社員と、成長が鈍化するなかでコスト削減や次の成長のための塗炭の苦しみを経験した社員では、価値観が大きく異なります。
インナーブランディングによって、一番動機づけしたい人、行動を変えたい人は誰なのか。そして、そのターゲットとなり得る社員はどのような価値観で、どのような経験を積んできた人なのか。この問いは非常に難易度が高く苦しいものです。
しかしこの対峙をなおざりにしては、どれほど時間を費やした素晴らしいメッセージであっても、届くか届かないかは運頼みになります。つまり、行動を変えたい人と真正面から向き合い深く知ることこそ、インナーブランディング戦略の起点でもあり、最重要ポイントなのです。
この記事の著者
並河 研
株式会社ゼロイン 取締役副社長
1984年リクルート入社。広報室でインナーコミュニケーション施策や教育映像を手がけ、40年超の歴史を持つ社内報『かもめ』2代目編集長を務める。2009年ゼロインの取締役就任。以降、多数の企業で組織活性化をプロデュース。並行してアメフット社会人チーム『オービックシーガルズ』運営会社、OFC代表取締役としてチームをマネジメント。